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先貼起來,其餘後補。
<11/16>結果也沒有想補什麼,
幾乎沒經驗的女役、很少人詮釋過的希特勒,會是很過癮但也辛苦的演出吧。


『サド侯爵夫人』と『わが友ヒットラー』、三島由紀夫の代表作二編を同一キャストで交互上演するという大きな挑戦に満ちた企画『ミシマダブル』の製作発表が

118日に行われた。両作品の演出を務めるのは蜷川幸雄。さいたま芸術劇場ではシェイクスピア作品でのオールメールシリーズを上演しているが、今回は三島作品を男性キャストのみで上演するということで、また違った色合いの作品となりそうだ。「戯曲『サド侯爵夫人』を書いたときから、私にはこれと対をなす作品を書きたいという気持ちが芽生えた」と三島自身が『わが友ヒットラー』の解説でも書いた通り、サド侯爵に関わる6名の女性が登場する『サド侯爵夫人』と、4人の男性の論戦を繰り広げる様が描かれる『わが友ヒットラー』は同時上演にふさわしい、対の作品である。この日の製作発表には演出の蜷川と、東山紀之、生田斗真、木場勝己、大石継太、岡田正、平幹二朗のキャスト6名が勢揃いした。(大石と岡田は『サド侯爵夫人』にのみ出演する。)

<挨拶>

蜷川 とんでもないこと始めてしまったなぁ、と思いながら今日来ました。日本には珍しい翻訳劇演劇というものがあり、ヨーロッパを真似する、そして実際にはあり得ないような演技をする。そのことを恥ずかしいと思いながら、そこを逆手にとってこの芝居を作ったという三島さんのメッセージが明らかに読み取れるんですね。『わが友ヒットラー』は女でやって欲しいんだけど日本の新劇には女形という演技の系譜がないので、できなかった。と三島さんはお書きになっていたんですね。そういうことも含めて『サド侯爵夫人』、『わが友ヒットラー』の
2本を合わせて、一晩の芝居として上演する。一方は18世紀のロココ、もう一方は20世紀ドイツのロココ、その2つのセットを共通にしながら、同じ俳優さんたちによって、男女を演じ分けて欲しいと思ってます。平さんも東山君も、女形の俳優として一緒に仕事をしまして、それで世界という舞台に出ていったこともあります。『さらば、わが愛 覇王別姫』で東山君の熱心でとても美しい姿を見た作者がすごく感動した手紙をくれました。そういうことも含めて良い思い出が女形にはあります。木場さんというおよそ女形にはならない方(一同:笑)、昔からの友人である大石と岡田を踏まえ、最強のメンバーで日本中をあっと驚かせるような、そしてちょっと禍しい、嘘かな?本当かな?というような、楽しい舞台にしていきたいと思っています。どうぞよろしくお願いします。

東山 平さんをはじめとする先輩たちと、斗真という若いエネルギーと、その中間にいる僕と、蜷川さんの元でこの三島作品をやる。大変な挑戦ではありますが、この挑戦が終わったあとには、素晴らしい景色が見えるんじゃないかと思いますし、またそれによって人間的な成長が出来たら非常に嬉しく思います。たくさんの方に見ていただきたいと思っています。よろしくお願いします。

生田 この『ミシマダブル』という蜷川さんの無謀とも言える舞台に自分も参加できることをとても光栄に思っています。諸先輩方、本当に偉大な方
の前で大変な思いもするでしょうが、しっかりと気合いを入れて仕上げていきたいと思っています。よろしくお願いします。

 三島さんの戯曲はたくさんありまして、多幕物の中で『わが友ヒットラー』と『サド侯爵夫人』と『鹿鳴館』というのは3
つの傑作だと思っております。幸いにも僕は『わが友ヒットラー』と『鹿鳴館』は既に演じましたが『サド侯爵夫人』も長年演じたいと思いながらチャンスはなく、この機会を逃しては『サド侯爵夫人』を演じる機会はないと思いまして、ちょっとスケジュール的には辛いのですが、このお話に躊躇しながらも噛みつきました。言葉を選び抜き、磨き抜いた、言葉を剣としてですね、お互いが一騎打ちをするような激しい、厳しい芝居だと思うので、みんなで力を合わせて、この勝負、お互いに勝利を得たいと思っています。どうぞよろしくお願いします。

木場 三島さんが亡くなったとき、ちょうど俳優学校で初舞台の小道具か何かを作っているところでした。二十歳でした。あれから40年経った、つまり60
になってしまったんですけど、改めて三島さんの言葉のクオリティーの高さに感動しています。その言葉を喋れるというのは俳優としてとても光栄だと思っています。ただ、先ほど蜷川さんからお話がありましたように、特に『サド侯爵夫人』の方はご婦人の役でございますので、私がご婦人の役をやれるかどうかというのは、わかりません。(一同:(笑))まだ入ったことのない洞窟の前で身震いをしている感じですが、よろしくお願いします。

大石 僕は『サド侯爵夫人』しか出ないのでちょっと寂しいんですが、初めての女性の役なので、ヴィジュアルは大丈夫かな?と心配していて。控え室でも蜷川さんに「汚ねぇのは入るな!」って言われて(笑)、女役大丈夫かな?と思いつつ。でも、しつこいですが木場さんがいらしたので安心しました(笑)。よろしくお願いします。

岡田 この作品に参加できて、わくわくドキドキしています。三島さんの作品は蜷川さん演出の…なんだっけ?(一同:(笑))あ、『卒塔婆小町』で女性の役をやりました。今回も女性の役です。頑張ります、よろしくお願いします。



<質疑応答>


ーー男性のみで上演することの意図をお聞かせください。


蜷川 発端はですね、覇王別姫が終わった後、東山君とまたなにかやろうねって話になって「そうだ、高いハードルで東山君を苦しめてやろう。」と、それがこの発想の元です。物凄く難しいレトリックに溢れた言葉で、演出的に余計なことをしないで、俳優さんたちの言葉で面白おかしく劇を流れさせる。そのことにサディスティックな喜びを持って(笑)、期待しています。頑張ってください。男性が演じることについては、ある様式性がないと難しいんですね。フランスの18
世紀のロココとか、そういう何百年も前の時代を扱った三島さんの様式性溢れる戯曲は。装飾過多な言葉の戯曲には、こちら側も少し個性的な大きな演技スタイルを持っていないとダメだと考えています。それで男性によって、女性をやってもらおうと考えました。


ーーそれを受けて、みなさんの意気込み等をお聞かせください。


東山 ある日、蜷川さんのお芝居を拝見した日に、蜷川さんから一冊の本をいだたき、それが『サド侯爵夫人』と『わが友ヒットラー』とが一緒になっている本でした。読みまして、2本立て続けって意味がちょっとわからなくてですね、そのうち1本やって、そのうちまたもう1本やるのかな?と思っていたら、2本立て続けにやるということで…。まさに蜷川さんがサディスティックだったので、驚き、でも、読む内に三島さんの言葉の美しさだとか、そういうものにどんどん惹かれていって、楽しみになってきたんですね。大変なものにチャレンジしてそれをクリアするというのが僕らの喜びなので、蜷川さんに導かれてやっていくというのは、1つの楽しみなところではあります。これが決まって、すぐに斗真と会う機会があったんですね。その時に2
人で「今回やばいな。」みたいな話になりました。でも「これクリアしたら俺たち結構凄いぞ。」って話になったんで、そういう風になればお互い成長できるかなと思います。

生田 僕自身は女役というのは初めての経験なので、この中で一番年齢も若いことですし、「一番綺麗だったね。」って言わせたい(笑)。それと、もう一つ、ヒットラーの役ですが、おそらく20
代でヒットラーを演じるというのはなかなかできない経験でしょうし、大胆で勢いのあるヒットラーになれればいいなと思います。蜷川さんが東山さんをサディスティックに苦しめている姿をニヤニヤ見たいと思います。(一同:(笑))

 もうちょっと前だったら美しくなる自信があったんですけど、もう喜寿なので、ちょっとその自信はないので、演技でいかないとしょうがないな、と思っています。いつもは蜷川さんの芝居では台詞を憶えて稽古場に入るんですが、今回それがどうしても不可能なので。まぁ文化勲章ももらって、優しくなられていると思うので(一同:(笑))、憶えていない台詞があったとき「年寄りはそういうの憶えられないからなぁ。」っていう嫌みを言わないでいただきたいなと(笑)。精一杯頑張ろうと思っています。両方ともおじいさんと、おばあさんの役なので気は楽です。


ーー東山さんは、覇王別姫の時に女性に変わっていく快感を味わったかもしれませんが、今回のサド侯爵夫人役はいかがですか?



東山 ポスターを撮影したとき、最初は照れくさいんですね。メイクさんに顔を作っていただいて、おしろいも塗って。で、衣裳を着るとその気になれるもので、もうちょっとパットが必要だなぁと思ってパット
5枚入れてみたり色して(笑)、そうしていると女性の気持ちがわかってくるというか、楽しいものですね。この楽しさをもって舞台に立てたら、それらしく見えるのではないかと思っています。


ーー生田さん、同じ日に二役を演じることについてはいかがですか?


生田 一日で男役と女役を演じ分けるというのは、歌舞伎の世界ぐらいかなと。僕は生まれ変わったら歌舞伎俳優になりたいと思っていた時期があったので、生まれ変わる前に男役と女役を一日で演じられるという楽しさがの方が、演じられるかという不安よりも勝っています。


——最後に蜷川さんから一言。


蜷川 今年の5月にロンドンで『ムサシ』をやっているときに、ジュディ・デンチという名女優がサド侯爵夫人を演じまして、劇評がコテンパンで、星が二つぐらいだったのかな?それでプロデューサーがジュディ・デンチを慰める方法はないかと僕の所に来ました。僕は自分がやるから見てはいなかったんですが「翻訳劇を意識して書いているから、当事者であるヨーロッパの人間がこれをやるのは間違いなんだよ。」って。「それじゃあ、ちっとも慰めにならない。」って言われましたけど(笑)、まぁそういうような大変困難な戯曲をみんなにやってもらうとなると本当に嬉しいです!(一同:(笑))



以上來自
演劇ぶっく

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